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改めて京葉コンビナート開発を読む 5  [京葉コンビナート]

5.漁民を食いものにした連中への復讐を描く・・   ~大藪春彦著『黒豹の鎮魂歌』~

 大藪春彦のハードボイルド小説『黒豹の鎮魂歌』(徳間文庫)は、千葉の漁民を食いものにした連中への復習をテーマとしている。あらすじを紹介しよう。
 主人公・新城彰の実家は千葉の君津浜で漁業をやっていた。ノリとアサリと雑魚を相手の零細漁業だったが、毎日の暮らしに困るというほどではなかった。しかし、そこに巨大企業の九州製鉄が進出することを決めた。その経過を大藪はこう書いている。

 「昭和28年(1951年)の川鉄千葉製鉄所の進出をキッカケとし、京葉工業地帯への巨大企業の進出は、32年に三矢不動産が県に替わって埋立て工事費や漁業補償金を立替え払いする協定が出来てから、急ピッチとなった。漁民の海は次々と大企業に奪われていった。政財界に思いのままに動かされる県は、漁民たちに高圧的な態度でのぞんだ。昭和36年、マンモス企業九州製鉄も、どんなに公害を出しても県も町も文句を言わぬ京葉工業地帯に進出することを決めた」

 九州製鉄の進出は、新城一家に悲劇をもたらした。
 新城家が加入していた漁協の会長は、暴力団銀城会の千葉支部最高幹部の一人であり、県議会議員もしていた小野徳三(通称・小野徳)であった。小野徳は、九州製鉄から多額のリベートをもらい、漁業補償を法外に安く九州製鉄と県とのあいだで決めた。組合員の大半は反対したが、小野徳には銀城会の暴力というバックがついていた。しかも、組合員には小野徳から借金している者が少なくなかった。小野徳から、今後は九州製鉄の守衛や食堂の従業員として雇ってやるという約束をとりつけた、と言われると、反対の声は鎮まった。
 新城の父も、ノリとアサリの漁業権放棄に対する補償金として100万円をもらった。しかし、小野徳のインチキ・バクチで補償金をすべてまきあげられたあげく、莫大な借金までを背負わされ、ついに妻と新城の2人の妹を道連れにして自殺した。彰も小野徳の子分たちに借金の返済をせまられ、半死半生の目にあわされる。

 ヨーロッパに逃げた彰は、一家の命を奪った連中へ復讐するため、射撃や拳法などの腕を磨く。帰国した新城彰は、まず、漁民たちを食いものにして国会議員にのしあがった小野徳への復讐を果たす。その際、小野徳にいろいろと白状させている。京葉工業地帯に進出してきた大企業と保守党政治家などが持ちつ持たれつの関係で荒稼ぎしていることなどである。その後、新城は利権をむさぼっている政治家やヤクザを次々と殺していく。

 以上があらすじであるが、読めばわかるように、“二足のワラジをはいた政治家”とよばれた浜田幸一氏、“財界の番頭”とか“開発大明神”とよばれた友納武人県知事、君津の埋め立て地に進出した新日本製鉄、千葉の埋め立てでボロ儲けし日本一の不動産会社に急成長した三井不動産などとみられる人物や大企業がぞくぞくと登場する。レジャー基地(東京ディズニーランド)にするという名目で県から払い下げられた埋め立て地の一部を、「三矢不動産」が住宅地として売りとばし200億円儲けたという話もでてくる。このほか、自民党の川島正次郎副総裁や田中角栄幹事長(後に首相)、岸首相、右翼の大ボス児玉誉士夫、政商小佐野賢治などとみられる人物も登場する。そして、フィクションの形で、千葉の埋め立て開発にからむ政財官のあくどい利権稼ぎや、日本の権力者たちの金権腐敗のカラクリと実態をえぐりだしている。


 おわりに

 1万2000ヘクタール以上におよぶ千葉の埋め立て開発は、大規模な自然破壊をひきおこすとともに、「川鉄公害」に代表されるようなさまざまな公害も生んだ。また、漁民を海から追い出した。さらに、「土地のないところに土地をつくる」ために、利権をねらって多数の政治屋や財界などがハゲタカのようにくらいついてきた。こうした大企業や国家権力の強大な力に屈し、多くの漁民は先祖伝来の漁業をむりやりやめさせられ、下請け労務者として工場へ狩り出された。生き甲斐を奪われ、ヤクザや詐欺師などのエジキとなり悲劇をとげた漁民も少なくなかった。

 今年6月、三番瀬埋め立て計画をめぐり、県企業庁が市川市行徳漁協に「転業準備資金」として43億円を迂回融資させ、その利息56億円を県が支出した問題で、埋め立てに反対する市民グループは、利息支出の返還などを求める訴えを千葉地方裁判所に起こした。融資は実質的に漁業補償にあたり、県企業庁が埋め立て免許をとらないまま補償するなどしたのは公有水面埋立法などに違反し、支出は違法──というのが提訴の理由である。まったくの正論である。

 これまでは、こうした本格的な行政訴訟がなかったために、大企業や利権政治屋と癒着した県がやりたい放題で埋め立てをすすめてきた。こうしたデタラメな開発行政にメスを入れるという点で、この訴訟は画期的な意義をもつものである。今年秋にはじまる裁判の内容や行方がたいへん注目される。訴訟の原告団や弁護団、そして訴訟を支援する会などの奮闘に期待したい。

(2000年9月)    

★ この稿を終了します。なお、併せて「東京湾が死んだ日」という本があります。朝日新聞 ル ポにも参加している増子義久記者の執筆したものです。巨大企業と悪徳政治家にやくざまでが
 連携した形での開発模様が赤裸々に描かれています。ご参考までに紹介します。
                               kawakami

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