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災害ボランティアに参加して~その4・最終回~ [天災・自然災害]

 今回の東日本大震災の災害ボランティアとして、おひとりで、登録手配し、車で参加してきた会員がいらっしゃいます。お話を聞くだけでは勿体無いので、お願いしてその記録を書いていただきました。4回に分けてお届けします。今回は4回目で最終回です。ぜひお読みください。     事務局 かわかみ


 今回のボランティアで、もうひとつの目的は、主な被災地を自分の目で見たかったことです。次のコースで回ってみました。岩沼市9時出発。国道45号線を通って石巻市→本吉町→気仙沼市→陸前高田市→大船渡市→釜石市まで見学しました。予定の宮古市までは時間的に無理なのであきらめました。予定を変更して釜石市より遠野市経由で花巻市泊まりとしました。
 釜石市までの道中道路の寸断、橋の崩壊等、迂回路が予想以上に厳しく時間がかかりました。そのためもあり宿泊は車中どまりとしました。

 今回のボランティアを振り返ってみます。食事は朝食、昼食ともコンビニ弁当その他、夕食は近くの食堂で済ませるという毎日です。風呂はグリンピア岩沼、車で車中泊の場所から15分程度、1回500円でした。(旧厚生労働省の施設)。自分と同じ車中泊の仲間が15人程度おりました。また近くの公園にはテント泊の人35人程度がいました。今回のボランティア本部のある、社会福祉センターは、立派な施設で、近くには市民会館、南東北病院、鈴木記念病院、岩沼市陸上競技場、市民体育館等があり、比較的便利な場所でした。
 市民会館は、被災者の避難場所に使用、また向かいの公園には仮設住宅が建設され既に沢山の被災者が入居していました。被災者の写真撮影は禁止ということで被害状況は自分の目で見ただけです。自分の見た被災地範囲では、特に被害の大きい地域は南三陸町、気仙沼市、陸前高田市等でした。

 岩沼市民会館周辺には、前にも書きましたように沢山の公共施設があり、徒歩20分以内の場所に、岩沼市役所、消防署、岩沼警察署、社会福祉センター、陸上競技場、体育館南東北病院等が集中してあり、市民バスが早朝から夕方まで運行していて、市民にとってとても住みやすい都市構成になっていると感じました。

 仮設住宅にはいると、その日から自活生活に入ることになります。避難所にいるうちは、すべて無料で配給されていたものも、一切もらえなくなります。入居をためらった人たちは意外と、家族を抱えた中年齢層多いということは、考えさせられました。被災者との対話も交わしましたが、せっかく建てたばかりの新居が、入居まもなく流されてしまい、残ったのはローンだけであるという話には、胸が痛くなりました。

 まだまだ書きたいことはありますが、行ってきてよかったと思っています。     (終わり)

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