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長崎平和公園の記念碑 [平和]

 今から25年前、私は南米・アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスに住んでいました。私は頼まれて、出身地の北海道苫小牧にある地元紙「苫小牧民放」に、通信を送っていました。
 今日は、その通信の中にある、ある高校の記録を是非書いておきたいと思います。
                                 かわかみ
                      

 ブエノスアイレスの郊外に、サン・イシドロ市という緑豊かな落ち着いた町があります。この町に「マリーン」という83年の歴史と伝統を誇る私立学校があります。昨年のことです。この学校の中・高校部教師の「カレラ・フアン・カルロス先生は、歴史の学習の中で、子どもたちにヒロシマ・ナガサキのことを教えるために、原爆を描いた「八月のラブソディ―」という、黒澤明監督の映画を生徒と一緒に見ることにしました。
 映画は、生徒たちに大きな衝撃を与えました。その学習の中で生徒から
「ブラジルやキューバから長崎の平和公園に、連帯の気持ちを伝える記念碑が贈られているのに、なぜ同じ南米のアルゼンチンからは贈られないのか」
という疑問が出されたそうです。そこから討議が発展し
「原爆投下50周年に向けて平和を願う記念碑を長崎に贈ろう」
という運動を呼びかけることを決めたのです。

 この呼びかけの輪は全校に広がり、そして市民の間にも広がっていきました。インドロ市では、市長自らこの呼びかけに賛同し協力を約束してくれました。早速記念碑のデザインが公募され、この学校の卒業生であるダビロン・マティアスさんのデザインが入賞しました。
 市在住の彫刻家ジャ・コミニ・バブロさんが制作を担当し、9月1日その完成除幕式が学校玄関前の広場で盛大に挙行されたのです。
 私たち日亜学院には、その長崎での被爆者である木田先生がいらっしゃいます。木田先生も含めての招待状が届き、私も喜んで出席いたしました。除幕式には市長、カトリック、教会の神父さん、父母、生徒全員が参列し、遠くナガサキに届けとばかり、ベートーベンの第九「喜びの歌」を合唱したのです。

 この記念碑は、生徒たちの願いを長崎県当局が受け入れて、平和公園噴水の前に設置されることになっています。それは被爆者の「水をください!」という叫びが生徒たちの耳に焼き付いているからということでした。
 長崎の除幕式には、カルロス先生や、マティアスさんも出席する予定でいるそうです。
「平和について子どもたちに教える教育は、記念碑を造ったことで終わりではありません。むしろ、これから新しい出発が始まるのだと考えています。」
この学校の校長先生が話された言葉が印象的でした。(明日思いもかけないことが続きます)

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