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意見書陳述 2 [環境問題]

 いったい、なぜリニアが必要なのかと言えば、東海道新幹線の輸送力の限界とか、老朽化といった、真実とは程遠い偽りの理由がいくつも数え上げられ、本音を吐かせれば、東京=大阪間を高速で結んで7000万人のメガポリスを創るという、他愛もない欲得づくの理由が透けて見えてきます。巨大都市を作って、国民をひたすら東奔西走させ、あくせく働かせることによって経済力をあげて、日本を、というよりも、日本の一部の人間だけを豊かにする、ということが、リニア新幹線の真の目的のように思われます。もとより戦後の、さらに言えば明治以来の日本の近代化は、その路線を走り続けてきたと言えるでしょう。

 しかし問題は、「それによって日本は、あるいは日本人は幸福になったのか」ということです。GOPにおいて、日本よりもずっと低いプータンの国民が、幸福度においてなぜ日本よりはるかに高いのかを、私たちは真摯に考え直す必要があると思います。

 こうした問題を考えるとき、私には思い起こされる一つの事件があります。それは1933年、和歌山市の万葉の故地・和歌浦の架橋問題を巡る景観訴訟の最終弁論において、原告団副団長の多田道夫氏による「景観とは何か」という意見陳述です。彼は架橋推進側の「万葉では飯は食えん」という乱暴な議論に対してこういうのです。

〈(私がここでいう倫理とは)、再度「万葉では飯は食えん」の一言にかかわっていえば、飯を食う以外の人生の意味のことです。もっと思い切って言えば飯と引き換えにしても、少しも惜しくない人生の価値のことです。〉

 私たちはこの裁判で、多田氏が言う「飯を食う以外の人生の意味」を問いたいと思います。
リニアでいえば、壊される平穏な暮らしや南アルプスの自然破壊がそれにあたります。
 そして日本人の幸福度が低いのも、こうした飯を食う以外の人生の意味をないがしろにしてきたためではないでしょうか。経済力だけを絶対善と頼む人たちに対して、私たちは飯を食う以外の人生の意味を強力な武器として、この裁判の根底に据えたいと思います。

 さて裁判長にお願いがあります。
いずれ詳細に陳述したいと思いますが、これまで日本の行政訴訟は自由裁量論によって、行政側が圧倒的に有利な立場に置かれてきました。しかし、法学者・松下桂一が説くように、我が国の国民主権を基本とする限り、権力の源泉は国民にあるのであり、行政は国民の信託に基づいてこれを執り行う機関にすぎません。とするならば、行政の裁量権が真に権力の源泉たる国民の信託に基づいているかどうかという点についても問うていく必要があると思います。その意味で、私は本訴訟を通じてあるべき行政訴訟の在り方を追求する機会にしたいと考えており、その点での裁判長のご理解を願うものです。
 以上で陳述を終わります。

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