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国葬に弔意の強制を行わないための申し入れ書 [その他]

 昨日(8月31日)政策研より袖ケ浦市長、教育長に対して
「安倍元首相の国葬に伴う弔意の強制を行わないための申し入れ書」(別紙)を渡し、国葬の際に学校に弔意をさせることのないように申し入れました。
市長、教育長は「上から通達などがあれば協議して対応したい」とのことで、学校には通達はしない、との回答は得られませんでした。
                               関 巖

申し入れ書
2022年8月31日
袖ケ浦市長   粕谷智浩様
袖ケ浦市教育長 御園朋夫様
               袖ケ浦市民が望む政策研究会
                             会長  関  巖

  ◆ 安倍元首相の国葬に伴う弔意の強制を行わないための申し入れ書

 9月27日に安倍元首相の国葬を行うことを岸田首相は閣議決定をしました。
この国葬に対して国民の賛否は大きく分かれており、これを強行することは以下に述べる通り、法的にも社会的・政治的にも重大な問題をはらんでいます。自由法曹団の声明を参照してその問題点をあげると

【法令上の根拠がなく財政立憲主義に反するおそれ】
 現在、国葬について定めた法令は存在しない。もともと戦前においては、1926年に制定された勅令(国葬令)に国葬に関する定めがあったが、この勅令は、憲法に不適合なものとして「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に関する法律」1条に基づき失効している。
 戦後唯一の例外として挙行された吉田茂元首相の国葬に関しても、塚原敏郎総務長官(当時)は「根拠になる法律もなく苦労した」と述べている。また佐藤栄作元首相に関し、国葬の実施が検討された際も、「法的根拠が明確でない」とする内閣法制局の見解等によって見送られた経緯がある。このように国葬に法的根拠のないことは明らかであり、岸田首相が内閣設置法の内閣の所掌事務として「国の儀式」にあたるとして、閣議決定があれば実施可能とした解釈は到底認められない。
 このように法令上の根拠のないまま内閣の独断でこれを行うことは、政治的思惑に基づく国費の恣意的支出との批判を免れず、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」(憲法83条)とする財政立憲主義の観点から許されない。

【国民の思想・良心の自由に反するおそれ】
 安倍元首相は一政党に属する国会議員であるが、その葬儀を国が主催し、国費を支出することは、個々人が故人を悼むこととは異なり国家として当該個人への弔意を表すものである。したがって、すべての国民が当該国会議員への弔意を事実上強要されることになりかねず、さらには当該政党への献金を強制されたに等しい効果を及ぼす。実際に、吉田茂元首相の国葬の際には、「国民をあげて冥福を祈る」の大号令の下、競馬や競輪などの公営競技が中止となり、娯楽番組の放送が中止され、全国各地でサイレンが鳴り響かされて職場や街頭で黙とうがささげられる、という事態が生じている。
 すでに、安倍元首相の葬儀にあたり、弔旗を掲げたり、記帳台や献花台を設置したりした自治体もあり、兵庫県三田市の教育委員会のように学校現場において半旗の掲揚を求めた事例も生じている。政府が国葬を実施すれば、こうした傾向がさらに助長されることが懸念され、こうした弔意の強制は、思想・良心の自由(憲法19条)に反するものであり許されない。

【安倍元首相への批判を封じ、市民の中に分断をもたらすおそれ】
 岸田首相は、安倍元首相につき「東日本大震災からの復興や日本経済の再生、日米同盟を基軸とした外交の展開など様々な分野で実績を残すなど、その功績は素晴らしいものがある」と持ち上げ、それを国葬の理由としているが、それこそ賛否が大きく分かれるものである。

 安倍元首相はその在任中の2014年7月、政府が長らく専守防衛の範囲を超える集団的自衛権の行使は憲法違反となるとしてきた立場を変更する閣議決定を強行し、2015年には集団的自衛権行使を容認した安保法制を、多くの国民の反対の声を押し切って成立させた。

 また民主主義の基盤を根底から揺るがす特定秘密保護法の成立を強行し、「世界で一番企業が活動しやすい国にする」として掲げたアベノミクスにより、国民の中の貧富の格差を著しく拡大させた。さらに、森友・加計学園問題、「桜を見る会」等にみられる政治の私物化にかかわる疑惑等を首相自らが引き起こした上、国会で虚偽答弁を繰り返した結果、未だその真相は明らかとなっていない。
 さらに自殺者まで出した行政文書の改ざん問題についても、未解決なままである。こうした安倍元首相の「業績」については我々も都度批判してきたところであり、死亡によって「なかったこと」にすることは到底できない。未解決の問題については引き続き真相究明や検証が行われなければならず、安倍元首相への正当な批判が封じられることになっては決してならない。

 しかし、実際には安倍元首相への批判に対する攻撃は起きており、安倍政権の後継である岸田政権を批判する街頭宣伝をしている人々に対する妨害も発生している。また北海道警が安倍元首相の演説中にヤジを飛ばした聴衆をいきなり排除した事件で、裁判所が道警の措置を違法と判断したことが警護をやりづらくさせたとする言説や、銃撃犯が在日朝鮮人である等の事実無根のデマまでが流布されるなど根拠のない非難も起きている。

 こうした中で国葬を実施すれば、安倍元首相を礼讃するという実際上の効果をもたらすこととならざるを得ない。その結果、安倍元首相の批判への攻撃に拍車がかかり、市民間の分断を一層助長するおそれが強い。そうなれば自由な言論は保障されず、民主主義が危機に瀕することも懸念される。
 安倍元首相の国葬を行うことに反対する意見は、すでに各界各層から表明されており、拙速に閣議決定すべき問題でないことは明らかである。よって自由法曹団は、安倍元首相の国葬の実施に強く反対し、直ちに計画の撤回を求めるものである。
                        (以上自由法曹団声明より)
 このようにこの国葬は重大な問題をはらんでおり、多くの国民がこの国葬に反対であるということは各種世論調査すべてにおいて国葬反対が国葬賛成を上回っていることで明らかです。
このようなことより以下に政策研究会として要請をする次第です。

◆ 要請項目
『国葬が行われた際に教育の場である学校に弔意の強制(学校に半旗を掲げる、児 童・生徒・職員に黙祷を行わせる、学校を休みにするなど)を行わないこと』

 先の安倍元首相の個人葬においても日本のいくつかの自治体において学校に半旗を揚げるように要請した自治体があり、その際通知としては各学校長の判断で行うように、との通知であった。
弔意を表すかどうかを各学校長に責任を押しつけ自治体長や教育長は責任を負わないという通知の仕方、これはまことに姑息と言うほかは無い。
 日本の風土において、人事権、予算権を持った上司からの通知は下部の人には逆らえない通知であり、忖度がはびこる日本においてはこのような通知は実質的に強制力のある通知となる。

 また教育の場である学校に政治性を持ち込んではいけないことは教育基本法に照
らして明白です。先に述べたように様々な問題のある国葬を法律によらず閣議決定だけで決めたことはこの国葬がまさに政治性を持った行事であることを示している。
 安倍元首相は一政党の現職の代議士であった。彼に対する個々の国民の思いはそれぞれであり、その政治業績に対する評価もそれぞれである。それにも関わらず等しく弔意を強制することは個々の信条、思想に入り込む極めて危険な行為と言うことになる。

 なお昨年東京パラリンピック大会の時、千葉県知事より県内の児童・生徒を観戦させるようにとの通達がなされました。当会としてはコロナ禍の下観戦は妥当では無く中止するように申し入れをしました。そのとき御園教育長は「子供のことを一番に考えて判断する」と述べ観戦を中止しました。知事からの通知のある中で実施しなかったことは大変勇気ある決断をされたことと私たちは深く敬意を表しました。
 今回もこのような英断をされることを望みます。

 以上の事より学校現場に弔意を表すような指示、通知などは行わないように申し入れます。                             以上
      
国葬への虫入れ.PNG

市長との面談.PNG





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