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袖ケ浦市さんま祭り  投稿 [東京電力]

袖ヶ浦市さんま祭り
 
 今、袖ケ浦市内の人の集まるようなところには、必ず大きなポスターが掲げられています。そこには、「袖ケ浦チャリティーさんま祭り」として「福島県楢葉町に希望の灯りを 熊本県の早期復興を」と大文字でチャリティーの名前とその趣旨が書かれています。

★ 現在の「奈良輪」と「坂戸市場」は、昔は「楢葉村」という地名でした。福島県楢葉町と同じ地名の縁にて復興支援!・・・ともあります。

 ちょっと唐突の感じもしないでもないのですが、そういえば、昔「袖ヶ浦駅」を「楢葉駅」と呼んでいた時期があったと聞いています。趣旨は分かったし、決して悪いことではないので、地元を中心に、全市民挙げて、大いに盛り上げ成功させたいものだと思います。一応日時を書いておきましょう

日時  10月1日(土) 10時~
会場  袖ケ浦駅北口駅前ロータリー脇  地域拠点広場

 実行委員長には、小泉前市長が就かれると聞きました。小泉前市長は平成19年に引退されて以降、公的な場に現れることなく、悠々自適の日々をお過ごしであるとお聞きしていましたので、びっくりしました。まさかとは思いますが、小泉前市長も、ひょっとして小泉前首相のように「原発はやはり良くない。」などと、お考えになったのかな・・と話している市民の声も聴きました。だとすればすごいことになります。小泉前市長の今後の動向に注目したいものです。

 袖ケ浦には、東電の360万キロワットの発電所があったり、保養所があったり、かっての職員の方も大勢いらっしゃるはずです。楢葉町が今どのような状況にあるのかご存知でしょうか。念のため少し紹介させていただきます。

 福島第一原発は双葉町・大熊町の街境にあり、大熊町の南隣が富岡町、その隣が楢葉町です。現場から勿論20キロ圏内。人口7973人中避難者7307人。27年9月5日に避難解除になったのですが、最新の28年9月2日現在の帰還者数は681人(4日以上滞在者)で9.2%にすぎません。町では仮設商店街を作ったり、とにかく生活できる体制づくりに必死です。

 毎日新聞(9月10日号)には「元に戻すのは大変」の見出しで「昨年の9月5日、全町避難自治体として初めて避難指示が解除された楢葉町。後続自治体のモデルとなる復興が期待され町は生活環境の整備を急ぐが、9月2日時点で町に拠点を戻した町民は9.2%の681人にとどまり4年半の避難雄後遺症克服にはさらに時間がかかる。」と上記と同じ様子を伝えています。

 (よく聞かれる影の声)
 東電職員で責任を負ったものは一人もいらっしゃらない。役員は次々と退職し、海外生活を含めてのうのうとした優雅な年金生活を楽しんでいらっしゃる。彼らの目に避難民13万人は映らない。
 その上、廃炉のための金を国民に上乗せしようなんて政府に要請。ずうずうしいにもほどがある・・。

 さて、今年の「さんま祭り」は成功しても、これっきりで終わるのでしょうか?それとも毎年恒例として位置づけるおつもりなのでしょうか。

 思いつきで今年限りというのであれば、2000人の市民にさんまを無料でごちそうする割には、たった50万円の寄付とはちょっとみみっちい。ポスターには、責任者の名前も、連絡先も書かれていませんでした。ぜひ開会のごあいさつで、袖ケ浦市の恒例行事として「商工会青年部が今後の責任を持ちます」とか、小泉前市長の、力強い宣言とかをいただきたいものだと期待しています。

フレコンパック.PNG
(フレコンバックとは放射能に汚染され土壌を詰めたもの)

仮説商店街.PNG


                      さんま祭りの盛会を祈る一市民




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