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「地域包括ケアシステム」の確立を目指して~その2~ [後期高齢者]

「地域包括ケアシステム」の確立を目指して~その2~

何故先生は、このような道を歩むことを決意されたのか・・猪狩先生との対談であったので、以下、猪狩先生を中心に、先生の医師としての多彩な歩みを確かめてみたいと思います。

 先生は昭和24年東京生まれ、現在65才。東北大医学部卒業後、三井記念病院から、東大第2内科で腎臓疾患の治療に当たられました。その後、日赤医療センターに移られ1991年には国際医療団の一員としてイラン国民難民キャンプでクルド民族の難民治療に当たっています。
更に1995年には東大保健計画学教室勤務時、ODA(国際協力機構・政府開発援助)で3年間、ネパール・モンゴル等で地域の健康教育という分野に取り組まれました。

 特にネパールでは、ネパール奥地の高地に散在する地域で、子ども達への健康教育に当たっています。
この時の健康教育プログラムが「child to child 」(子どもから子どもへ)というプログラムで、子どもの口を通して大人にも広げ、学ばせるというプログラムで、先生はこのシステムに大きな関心を持たれ、これを、住民の健康に応用することはできないかと考えたのです。

 先進国といっても医療には限界があります。その中で国民の健康を最適な状態で維持するにはどうすればよいのでしょう。金なし、人もなし、ただし健康は守る。それはハード面だけではない。究極のところは住民自身の力・住民自身が持つ権限(empowerment)に、依拠するしかない・・というのが、先生の到達した結論でありました。
 これを「地域リハビリテーション」といい、通常CBR(Community Based Rehabilitation)と呼びます。自分は、その『着火マン』になろうと先生は考えられたのです。

 着火の最初を君津でスタートされました。まずは「君津元気会」という会を作られたのです。「元気会」は「元気かい?」という気やすさの意味を含ませています。老人の健康体操を普及し、老人の健康に関する講演会の実施、市民サークル「かたつむりの会」との連携で高齢者の健康福祉問題の学習会等を行い、高齢者の予防医学的取り組みを具体化した活動を展開されたのです。(続く)











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